源頼朝《みなもとのよりとも》が武士の政権をひらき、武家政治の土台ができた時代を鎌倉時代という(1185ごろ〜1333)。
成立
源平合戦で平氏をやぶった頼朝は、守護《しゅご》(国内の軍事・警察)と地頭《じとう》(荘園や公領の年貢管理)をおき、1192年征夷大将軍《せいいたいしょうぐん》となり鎌倉幕府を整えました。
武士は将軍から領地支配を認めてもらう「御恩《ごおん》」と、戦いや警備でつくす「奉公《ほうこう》」の結びつきでまとまりました。
北条氏と政治
頼朝死後、北条氏(執権《しっけん》)が将軍を補佐し実権をにぎりました。
後鳥羽上皇が幕府打倒をねらった承久《じょうきゅう》の乱(1221)で幕府が勝ち、朝廷への発言力を強めます。
1232年御成敗式目《ごせいばいしきもく》(武家の基本法)ができ、土地争いのきまりを整理しました。
元寇《げんこう》と動揺
モンゴル帝国(元)が2度(文永・弘安)攻めてきました。武士は協力して防ぎましたが、新しい土地のごほうびが少なく不満が高まり、借金に苦しむ武士も増えました。
この弱りにつけこんで後醍醐《ごだいご》天皇らが倒幕を進め、1333年に幕府はほろびます。
経済とくらし
荘園・公領で年貢を集めるしくみは続きつつ、二毛作《にもうさく》(春に米、秋に麦など)や牛馬耕、改良された農具で生産力が上がりました。
月に決まった日ひらかれる定期市、遠くの品物を運ぶ問丸《といまる》、陸と海をつなぐ港が発達。流通には宋《そう》のお金(宋銭)が多く使われ、貨幣経済が広がります。
商人や手工業者の同業組合「座」が生まれ、特産品(塩・紙・陶器など)が広がりました。
文化と宗教
素朴で力強い「鎌倉文化」。
新しい仏教(鎌倉新仏教)が広がり、民衆の心のよりどころに。
- 法然(浄土宗):南無阿弥陀仏ととなえる
- 親鸞(浄土真宗)
- 一遍(時宗):踊り念仏
- 日蓮(日蓮宗):南無妙法蓮華経
- 栄西・道元(禅:臨済・曹洞)座禅で悟り
禅は武士の精神修養にもつながりました。
文学:平家物語、方丈記、徒然草、新古今和歌集。
建築:東大寺再建、禅寺(建長寺・円覚寺)。運慶《うんけい》らの力強い仏像。
人々
御家人《ごけにん》は本領安堵《ほんりょうあんど》(もとの領地保証)と新恩給与《しんおんきゅうよ》(新しい領地)を期待しつつ奉公。
農民は年貢や雑役にくわえ、貨幣流通で現金の必要も増え、生活は地域差がありました。
武士と農民のはざまの悪党《あくとう》(在地の実力者)も現れ、支配のゆるみを示しました。
まとめ
- 頼朝が御恩と奉公で武士政権を確立
- 北条執権と御成敗式目で武家法が整う
- 元寇防衛で疲れ不満増大
- 経済は二毛作・流通発達・宋銭普及
- 新仏教が民衆に浸透し心の支え
→ 武士政治は続くが基盤にゆらぎが生まれ、室町時代へ。