徳川家康《とくがわいえやす》が幕府をひらき、約260年続いた武家政権の時代を江戸時代という(1603〜1867)。
幕藩体制《ばくはんたいせい》
1600関ヶ原の戦い後、家康は征夷大将軍となり江戸幕府を開く。将軍と全国の大名(藩)が土台。外様《とざま》・譜代《ふだい》・親藩《しんぱん》を配置し、重要拠点に譜代を置いて統制。
参勤交代《さんきんこうたい》(大名が江戸と領地を交互に往復)で軍事力をそぎ、街道・宿場が整備されました。
武士・農民・町人・(えた・ひにん)などの身分秩序が作られ、武士は俸禄《ほうろく》で生活。
外交と「鎖国」
最初は朱印船《しゅいんせん》貿易で東南アジアと交流。キリスト教は島原天草一揆後しだいに禁止され、出島《でじま》(長崎)でオランダ・中国との貿易に限定。朝鮮通信使や琉球《りゅうきゅう》、蝦夷地《えぞち》(アイヌ)との交易で情報と物資を得ました。完全な閉ざしではなく、必要な国際交流をえらんで行う形でした。
経済と農業
新田開発・用水整備で米生産が増加。商品作物(綿・藍《あい》・たばこ・茶・菜種)が広がり、農家の分化(地主・小作)が進む。
各地の特産(西陣織・有田焼・和紙・金銀銅・醤油・酒)が江戸・大阪・京都(三都)へ大量に流れました。
蔵屋敷《くらやしき》で大名は年貢米を売却し財政を確保。問屋・仲買が活躍し、両替商がお金の流れを支える。
株仲間《かぶなかま》(独占的組合)が商工業を調整。貨幣は金(江戸)・銀(大阪)・銭(全国)併用。
政策と改革
財政悪化・飢饉で
- 享保《きょうほう》の改革(徳川吉宗:目安箱・上米・新田)
- 寛政《かんせい》の改革(松平定信:倹約・朱子学重視)
- 天保《てんぽう》の改革(水野忠邦:上知令・物価統制)
が行われました。
百姓一揆・打ちこわし(米屋・質屋への集団行動)で社会不安も発生。
文化
前期(元禄文化):上方中心。井原西鶴(浮世草子)、松尾芭蕉(俳諧:奥の細道)、近松門左衛門(人形浄瑠璃・歌舞伎台本)、浮世絵初期。
後期(化政文化):江戸中心。十返舎一九(東海道中膝栗毛)、式亭三馬、葛飾北斎(富嶽三十六景)、歌川広重(東海道五十三次)、川柳・黄表紙。
庶民が楽しむ娯楽と出版が発達。
学問と思想
国学(本居宣長『古事記伝』)で日本の古い心を研究。
蘭学(杉田玄白『解体新書』、伊能忠敬の日本地図)で西洋医学・科学導入。
寺子屋《てらこや》や藩校で読み書きそろばんが広がり、識字率向上。
農政学・商品知識が実用化。
人々のくらし
都市では長屋住まいで共同生活。火事と浄水が課題。
農村では年貢の重さや飢饉(天明・天保)で困窮し一揆が発生。
女性や子どもも機織《はたお》りや内職で家計を支えました。
動揺と幕末へ
19世紀、異国船来航で開国要求が高まり、海防強化や蘭学重視に。黒船来航前夜、体制は内外の圧力で揺れはじめ、明治維新へ向かう準備段階になります。
まとめ
- 幕藩体制と参勤交代で支配安定
- 新田開発と商品作物で市場拡大
- 元禄→化政の町人文化が開花
- 鎖国下でも限定交流と知識吸収
- 改革と一揆が続き体制にひび → 開国へ