戦国の混乱をおさえて全国統一が進み、華やかな文化が生まれた時代を安土桃山時代という(1568ごろ〜1600/1603)。
織田信長《おだのぶなが》
京都に入り将軍足利義昭を助けつつ徐々に排除し、自らの政治を進めました。
長篠《ながしの》の戦いで鉄砲を効果的に使い武田軍を破る。
楽市楽座《らくいちらくざ》や関所の撤廃で自由な商売をうながし、統一への勢いを加速。
安土城を築き「天下布武《てんかふぶ》」を掲げ中央集権化を目指したが、本能寺の変で家臣明智光秀に倒されました。
豊臣秀吉《とよとみひでよし》
信長の後継として全国をほぼ統一。太閤検地《たいこうけんち》で土地の広さ(石高《こくだか》)と耕作者を記録し、年貢を安定させる。
刀狩《かたながり》で農民から武器をとり、武士と農民を分け身分を固定。
朝鮮出兵(文禄・慶長の役)は多くの犠牲を出し失敗。
死後、家臣間の力のバランスが崩れ徳川家康が台頭。
国際と南蛮文化
ポルトガル・スペイン船が来航し鉄砲・時計・ガラス器・キリスト教が伝わる(南蛮文化)。
キリスト教は大名や民衆に受け入れられる一方、勢力拡大を警戒して禁教の動きも始まりました。
経済
城下町が整備され、金・銀・銅の流通、各地の特産品(織物・陶器など)と海運(北前船の前段階)で商業は活発化。
堺・博多・伏見などの都市が繁栄し、豪商が政治へも影響。
文化(桃山文化)
豪華で力強い障壁画(狩野永徳《かのうえいとく》の「唐獅子図屏風」など)、金箔で明るく大名の権威を示す。
城(安土城・大阪城・姫路城)に高い石垣と天守。
千利休《せんのりきゅう》の茶の湯は簡素(わび)の美を深め、武将の交流舞台。
かぶき踊り(出雲阿国《いずものおくに》)など新しい芸能も芽生えました。
人々
検地で農民の耕作が明確になり、年貢は石高で計算。刀狩で一揆の武力低下。
商人・職人は城下町に集まり流通が速くなりました。
宣教師は学校・病院のはたらきも持ち、一部地域で新しい生活文化が入りました。
まとめ
- 信長の統一策(楽市楽座・鉄砲活用)
- 秀吉の全国ほぼ統一・検地・刀狩で身分固定
- 南蛮貿易とキリスト教の受容と警戒
- 城下町発達と金銀流通
- 豪華で国際的+わびの文化(桃山文化)
→ 統一基盤を徳川家康が引きつぎ江戸幕府へ。